2026/07/03 13:36
サイレンの音は、今もまだ耳の奥に残っています。
一年前のあの日、
隣のお家が火事になったという連絡を受けたのは、
仕事場からでした。
自宅に向いながら、頭の中で考えていたのは
持ち出せるものがあるなら、持ち出さなくちゃ、でした。
そう思って、何を持ち出そうかと考えたんですが、
驚いたことに、何も浮かびませんでした。
何も思い浮かばなかった、あの数分間
昔だったら、通帳や印鑑、写真といった
「思い出のもの」が真っ先に浮かんだのかもしれません。
でも今は通帳をほとんど使うこともなく、
お金の管理もネットで完結しています。
写真もデジカメやスマホで撮ったものが
クラウドに残っていて、
紙のアルバムを探す必要もありません。
「絶対にこれだけは」というものが、
とっさに何ひとつ浮かばなかったんです。
うちは別にミニマリストというわけでもなく、
家の中には普通に物があふれています。
それなのに、
持ち出したいものが本当に見つからなかった。
それは、自分でも少し衝撃でした。
本当に必要なものというのは、
実はとても少ないのかもしれません。
唯一浮かんだのは、息子の勉強机でした
そんな中で、
たったひとつだけ心に浮かんだものがありました。
その春、小学校に入学した息子のために作った、
勉強机です。
既製品ではありません。
夫と二人で材木屋さんに足を運び、
5センチほどの厚みがある無垢の木材を選びました。
かなり固い木で、
重さは30キロか、50キロか、
それくらいあったと思います。
二人がかりで運び、
オイルを三度塗り重ねて仕上げた机でした。
柱と壁に固定してしまっているので、
そもそも物理的に持ち出せるようなものではありません。
それでも、唯一「持っていけたら」と
思ってしまったのが、その机だったんです。
なぜそう感じたのだろうと、
あとになって考えてみました。
答えは、机そのものではありませんでした。
二人でその机を作った時間、
そこに込めた気持ち。
それが、私の中に残っていたのだと思います。
記憶は、物の中に静かに宿っている
一緒に作ったという記憶だけではありません。
これから一年生になる息子が、
この机でずっと勉強していくんだな、
と考えながら作ったことも大きかったのだと思います。
少しでも使いやすく、
少しでも長く使えるように。
そんなことを考えながら作りました。
息子もその机を気に入ってくれて、
毎日そこに座って宿題をしたり、
音読をしたりしています。
その光景を日々見ているうちに、
物よりも、そこに積み重なる時間や記憶のほうが
ずっと大切なのだと、実感するようになりました。
hattoの中に、あの夜の気づきがある
この気づきは、
hattoでものづくりをしている私たちにとって、
大きな意味がありました。
私たちがお届けしているのは
目に見える形のあるものですが、
その奥にあるのは、
家族で過ごす時間や記憶
そのものなのだと思います。
一年前のあの夜の出来事は、
自分の中にあった思いを、
より一層はっきりさせてくれた出来事でした。
その物自体がかっこいいとか、
おしゃれであることも、もちろん大切です。
でも、その中に記憶や絆が
そっと残っていくような、
そんなものをこれからも作っていけたらと思っています。


