hatto

2026/06/08 11:57

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「自分との対話」が、苦手だった

朝、ふとした拍子に、頭の中でひとりごとが始まる。

でもそのひとりごとは
だいたいいつの間にか誰かに黙らされている。
自分の中の誰かに。

「自分との対話」とか「自分との約束を守る」とか、
そういう言い回しがありますよね。

よく見かける、よく聞く、あちこちにある表現。
でも私、この言葉がずっとちょっと苦手でした。

なんかこう、ポエムっぽいなと思って。
自分は一人しかいないのに、
その一人と対話するって、どういうことだろう。
なんか現実的じゃない気がしていたんです。

それが最近、少しだけわかってきた気がしています。

頭の中で考えていると、感情はすぐ消される

きっかけは、書くということでした。

紙にペンで、
頭の中にあることをそのまま文字にする。

ただそれだけのことなんですけど、
これをやろうとしたとき、変わったことがあります。

頭の中だけで考えていると、
浮かんできた感情ってすごく早く否定されてしまう。

たとえば頑張れない日があったとして、
でも「それは努力が足りないだけ」とすぐ上書きされる。

辛いことがあっても、
「あなただけじゃない、他の人だってもっと苦しんでる」
って声が聞こえてくる。

その声は特定の誰かの声だったり、
社会とか世間とか、もっと漠然としたものだったりします。

でも誰かに言われたわけじゃない。
ぜんぶ、自分の中にある声。
誰にも言われていないのに、自分が自分に言っている。

その繰り返しの中で、
感情が出てくるたびに、なかったことにされていました。

書くことは、まず「聞く」こと

でも書こうとすると、
その前に一回、聞かなきゃいけない。

頭の中にあることは、
ポジティブなことばかりじゃなくて、
悪口とか嫉妬とか、恨みとか、そういうものも混ざっています。

書くというのは、
それを良いとか悪いとか判断するより前に、
「あ、この感情がここにある」
と認識することなんですよね。

存在を受け入れる、というより、
存在していると気づく。

今まで気づいてすらいなかった感情が、
文字にしようとした瞬間に、ふっと姿を現す。

なかったことにしない、ができる。

それが自分の感情に耳を傾けるっていうことなんだ、
とあるとき思いました。

自分との対話は、そこが出発点なんじゃないかな。
聞くことが、はじまり。

苦手だった言葉の印象が、変わった

そう思えるようになってから、
「自分との対話」とか「自分との約束を守る」
みたいな言葉の印象が、変わりました。

以前はなんとなく遠い言葉に感じていたものが、
少し自分に近いものとして見えるようになってきました。

対話って、むずかしいことじゃないのかもしれない。
まず静かに、自分の声を聞こうとすること。
それだけで、もうはじまっているのかもしれない、と思っています。

言葉の意味は、経験する前には届かない。
でも経験したあとは、もう忘れられない。