2026/05/19 15:57
ライオンの列で、仲良しになった
五月の午後。
混みに混んだ動物園のなかで、
私と息子はライオンを見るために列に並んでいました。
急きょ決めた外出だったから、
入園したのはもう昼を過ぎていて、
どこもかしこも人でいっぱい。
それでも息子はライオンが見たいといって、
長蛇の列に加わりました。
私はその隣で、じりじりと動く行列のペースに
身をゆだねていました。
そこで偶然隣り合わせになったのが、
息子より1歳下の男の子でした。
小学1年生。
おばあちゃんと、
ちょっと年の離れた大学生のお姉ちゃんと
3人で来ていました。
息子たちが意気投合するまで、
たぶん数分もかかりませんでした。
原始的な、あのコミュ力のこと
その後、私たちは閉園ぎりぎりまで
一緒に園内をまわりました。
最後はアイスを食べてお別れ。
帰り道、ぼんやりと思いました。
子どものコミュニケーション能力って、
大人のそれとはジャンルがちがうな、と。
大人のコミュ力というのは、
どこか「距離を測る技術」に近い気がします。
相手の境界線を探りながら、
踏み込みすぎず、でも近づいていく。
初対面の人との距離感をうまく扱えて、
それでいて仲良くなれる人を、
私たちは「コミュ力が高い」と呼んでいます。
でも息子たちのやっていたことは、もっと原始的でした。
同じテンションでライオンを見る。
それだけで、もう仲良し。
自分の周りのいろんな要素を、
いい意味で配慮しすぎず、
「今この瞬間一緒に楽しめたらオッケー」
という感じで、ただそこにいました。
そのスピード感と、
グイグイいける感じが、
なんかちょっとまぶしかったです。
一期一会を、まだ知らない
お互いの家は、動物園を挟んでほぼ真逆の方向。
1時間以上かかる距離だという話を聞いて、
またいつか偶然会うことはないだろうなと、
私はどこかで静かに思っていました。
連絡先も交換しませんでした。
息子は、たぶんその「今日限り」ということが
まだよくわかっていませんでした。
帰ってきてから、もう会えないと実感したのか、
ちょっと寂しそうにしていました。
その寂しさが、
あの時間が本物だったことの証明みたいで、
少し胸にきました。
境界線を知らないから踏み込める。
終わりを知らないから全力で楽しめる。
子どもの「コミュ力」の正体は、
もしかするとその無防備さそのものなのかもしれません。
大人がどこかで手放してきた、あの感覚の。

