2026/05/08 12:56
「先生がめっちゃ優しくなった」と、息子は言った。
この春、息子が小学2年生になりました。
はじめてのクラス替えで、担任の先生も変わって。
しばらくたったころ、
新しいクラスどう?と何気なく聞いてみたら、
息子はちょっと嬉しそうに言いました。
「1年生のときより先生がめっちゃ優しくなった。」
ほんとに?どんなところが?と聞くと、
なんだかよくよく話を聞かないと
わからない感じがして、
もうすこし掘り下げてみることにしました。
息子にとっての「優しい」は、ルールの緩さだった
どうやら、休み時間にできることが増えたり、
「この時間までに必ずこれをしなさい」
という決まりごとが少し緩くなったりしたらしいんです。
それを息子は、優しくなった、と表現していました。
なるほど、と思いました。
と同時に、すこし立ち止まりたくなりました。
大人が使う「優しい」という言葉と、
息子が使っている「優しい」は、
きっと同じじゃない。
息子の語彙の中で、
あの感覚に一番近い言葉を選んだら
「優しい」だったんだと思うんですが、
それが最適かというと、たぶんそうじゃないんですよね。
言葉のずれを、どう橋渡しするか
気になったのは、もうひとつのことでした。
もし「ルールが緩い=優しい」
という理解のままだとしたら、
1年生のときの先生はどうなるんだろう。
きっちりルールを教えてくれていた先生が、
「優しくない先生」として
息子の記憶に残ってしまわないかな、と。
それは違うよと伝えたくて、
私はこんなふうに話してみました。
1年生はまだ幼稚園から
小学校に来たばかりで、
ルールを覚えることが大事な時期だから、
先生はちゃんと教えてくれていたんだと思う。
みんながしっかりできるようになったから、
2年生の先生はすこし
緩めてくれたんじゃないかな、って。
息子はそれを聞いて、なるほど、
という顔をしていました。
後日、夫に同じ話を自分の言葉でしていて、
「ぼくが2年生だから、
先生がしっかりできるって思ってくれてるんだよ」
と説明していて、よかった、
変な方にはいかなかったな、と胸をなでおろしました。
感情を言語化してあげる、ということの難しさ
以前、発達のことで理学療法士の先生に
言われたことがあります。
子どもが感じている感情を、
こちらで言葉にしてあげるといいですよ、と。
「それは悲しかったね」
「すごく楽しかったんだね」
と声に出してあげることで、
子どもはその感情を認識して、
整理されて、落ち着くことができるんだと。
幼稚園のころに言われたそのアドバイスは、
ずっと心の引き出しに入っていました。
でも今回のことで、
すこし考えが変わってきた気がしています。
語彙が育ってきて、
複雑なことも感じられるようになってきた
今の息子に、
こちらから安易にラベルを貼ることは、
もしかしたらよくないかもしれない。
大人だって、うまく言葉にできない感情って
ありますよね。
もやもやするけど、
何に怒っているのかわからない。
悲しいのか寂しいのか、自分でも区別できない。
そういうものを、全部きれいに言葉にしなくても
いいんじゃないか、と。
子どもの言葉は、まだ輪郭がやわらかい
息子の「優しい」は、
間違いではありませんでした。
ただ、まだ輪郭がやわらかい言葉だったんだと思います。
経験を重ねていく中で、
あの感覚にはもっと別の言葉があったんだと、
いつか気づく日が来るかもしれない。
その日まで、私はあまり急いで正解を教えなくても
いいのかもしれないな、と最近は思っています。
言葉というのは、感情の後を、
すこし遅れてついてくるものなのかもしれません。

