hatto

2026/02/17 12:06

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2ヶ月ほど前に発売された
RADWIMPSのトリビュートアルバムを
聴いている方はいらっしゃるでしょうか。

私は、RADWIMPSのど真ん中世代とはちょっとずれていて、
初期の頃に話題になった数曲をよく聴いていた程度でした。
でもこのトリビュートアルバムは新鮮で、
よく聴いています。

懐かしい曲を聴きながら、
当時の20代の頃のことを思い出したりもしました。
そしておもしろいことに、
最近考えていることとつながっていく部分があります。

前回の話:星野源の「くだらないの中に」という曲

前回、星野源の「くだらないの中に」
という曲について書きました。

前回の記事
https://note.com/hatto7722/n/n1cd5c7da359e

一見、幸せそうな光景を
描いているように見えるんだけど、
実はその光の裏側にある
影の部分もしっかり存在しているような
描き方をされている曲だから、
とても好きになったという話でした。

私が好きなアーティストは、
他にもたくさんいます。
そのアーティストたちとの共通点が、
もしかしたらそういうところなのかもしれない
と感じています。

過去にどんな曲を聴いてきたか、
今どんな曲やアーティストが好きか、
考えていくうちに、ひとつ気づいたことがあります。

それが、冒頭で話したRADWIMPSです。

RADWIMPSを聴くと「しんどい」理由

RADWIMPSは、私が20代の頃から
すごく人気があったし、
話題になった曲をよく耳にしていて、
自分からも聴いたりしていました。

聴いたことがある方なら、
たぶんわかってもらえると思いますが、
なかなか中毒性があるというか、
これまでにないような角度から
刺してくるような歌詞で

聴きたくなって聴いてしまうんだけど、
でも実は聴くのがしんどいな
という気持ちがずっとありました。

今回このトリビュートアルバムが出たことで、
すごく久しぶりにRADWIMPSを聴いて、
前回話した星野源の曲との違いについて、
ちょっと考えてみました。

感情の表現の違い

星野源の曲は、
聴いていてしんどくなることはありません。

それはなぜかと考えてみると、
たぶんその影の部分の描き方なのかなと思いました。

RADWIMPSの曲も、
影の部分とか苦しさとか悲しさを描いています。

ではなぜ、
片方は聴くのがちょっとしんどくて、
片方はそんなことがないのか。

RADWIMPSの曲は、その影が主役になっています。
影に光があたっている、とも言えるかもしれません。

悲しいとか苦しいという感情に、
直接スポットが当てられて、
それが主役になっています。

そこに私はたぶん、
聴く時のしんどさを感じているのだと思います。

星野源の曲は、
光を描くことで、その裏に隠れている
影の存在を示すという感じ。

RADWIMPSは、
その影の部分を全面に出して、
それについて訴えているような感じ。

20年経って変わる感じ方

20代の時に、
なんかしんどいなと思いながらも
聴いてしまっていたRADWIMPSの曲。

やっぱり20年くらい経って、
今聴くと別の感じ方をします。
本当に面白いなと思います。

音楽って、聴く時の自分の状態や年齢によって、
こんなにも響き方が変わるものなんだと
改めて思いました。

当時は影の部分に圧倒されて
しんどかったのかもしれないけれど、
今は少し距離を置いて
聴けるようになったのかもしれません。