2025/08/26 14:22
▷小説との出会い ~遅れてきた読書体験~
最近は、ビジネス書のような
実用書を読むこともありますが、
もともとは小説やエッセイが好きです。
中でも「純文学」と呼ばれるジャンルの小説が
すごく好きなんですね。
純文学ってどんな小説か?
うまく説明できなかったので、
さっき調べてみたところ
「文章の美しさや表現の深み、
芸術性を重視した文学のこと」
と書かれていました。
芥川賞を受賞するような作品が、
この純文学にあたりますよね。
私が小説を読み始めたのは少し遅くて
19歳くらい、大学生の時でした。
それまでもエッセイは読んでいたけど、
小説はほとんど読んだことがありませんでした。
エッセイは本当のことが書かれているけど、
小説は作り話、というイメージがあって、
あまり興味が持てなかったんです。
でもある日突然、何か本を読みたい
という衝動に駆られて、
近くにあった本を手に大学に出かけました。
その行きの電車の中で読んだのが、
大崎善生さんの『パイロットフィッシュ』
という小説でした。
その一冊で、私はもう小説の世界に
すごいハマってしまって。
そこから、大崎さんの他の作品はもちろん、
よしもとばななさん、江國香織さん、村上春樹さん
といった有名な純文学の作家さんの作品を読むようになりました。
私の読書の世界が、一気に広がった瞬間でした。
▷ストーリーよりも「感情」が主役の純文学
これは私の感覚なんですけど、
純文学って、ストーリーは
それほど大事じゃないなと感じています。
もちろん物語はあるけど、
何かの事件が起こるわけでもないし、
大どんでん返しがあるわけでもない。
物語によっては、
何も起こらなかったりすることもあるんですよね。
劇的な展開があったとしても、
それは1行か2行でさらっと書かれていて、
それ以外の登場人物の心の内の描写、
つまり「感情の描写」が何ページにもわたって
延々と語られていたりする。
だから純文学は、
ストーリーよりも「感情」が主役になっている本、
という印象があります。
そして、私はその感情の描写に、とても惹かれました。
▷「わかる」という共感と、安心感
私がその感情の描写に惹かれる理由は何だろう、
と考えてみると
やっぱり一番は「共感」だなと思います。
自分でも気づいていなかったような、
心の中のちょっとした引っかかりや、
うまく表現できなかった感覚が、
本の中で言葉にされているのを見つけると、
「こんなこと、確かに自分も思ってた!」と、
驚きと喜びが混じったような気持ちになります。
そして、そんな感情の描写を
本の中で見つけることで、
「安心」にもつながっているような気がします。
「こんなふうに思うのって、自分だけじゃなかったんだ」という、孤独ではない感覚。
心の中の悩みや漠然とした不安が、
言葉にされて肯定されるような感覚。
▷自己肯定感へとつながる読書体験
最近では純文学を読むという体験が、
自己肯定にもつながっている気がしています。
今まで誰にも見せることなく、
自分ですらその存在に気づいていなかったような
感情や感覚。
それって、他人が全く関与しない、
自分の中から出てきた、自分だけの感覚ですよね。
そういう心の奥底の感情を、
見つけ出してくれて、形にしてくれる。
そして、「ああ、この感覚は存在していいんだ」と、
肯定してもらうような感覚があります。
だから私は本を読むことが好きだし、
読書自体が、単なる娯楽ではない、
もっと深い体験になっていると感じています。
▷子どもにも伝えたい、本がくれる豊かな時間
そんな風に読書を大切にしているからこそ、
息子にもやっぱり本は読んでほしいな、と思います。
もちろん、私と同じように
純文学に共感してほしいわけではありません。
でも、本を通して気づけるものは
たくさんあるだろうし、
世界の見え方が少し変わったりすることも
あるだろうな、と感じています。
本を通して、息子がそんな豊かな時間を
持てたらいいな、と思っています。