hatto

2025/08/12 16:18

真鍮の栞に取り掛かって約二ヶ月。
これまでの道のりを簡単に振り返りると・・

新商品をしおりに決めた理由は、
読書という個々の時間に家族の繋がりを感じることで、
その時間をより豊かなものにしたい。
そして、素材には、経年変化によって
家族と共に唯一無二の風合いを育む真鍮を選びました。
デザインは、家族で使うことから2枚以上のセットで、
並べると繋がりを感じられるもの。
投げられたロープの偶然の形をモチーフとすることに
決まったところまでお話ししました。

今回は、そのロープの線を、
実際に真鍮という素材の上にどのように表現するのか、
デザインを形にするための具体的な加工方法についてのお話です。


▷線表現のための、レーザー刻印の再挑戦

デザインのモチーフが、偶然できたロープの「線」の形に決まった後、
私たちはまず、前回、面での刻印では断念せざるを得なかった
レーザー加工機」を、もう一度試してみることにしました。

前回お話ししたように、
レーザー加工で真鍮の表面にデザインを施そうとした際、
面で刻印すると、まるでインクが表面にぺったりと乗ったような
風合いになって、真鍮そのものが持つ素材感と馴染まず、
魅力を活かしきれていないと感じました。

でも、今回のロープのデザインは、面ではなく「細い線」です。
もしかしたら、線だけの表現であれば、
前回の面での刻印のような違和はなく、素材の雰囲気も邪魔せずに、
意図したデザインを表現できるのではないか?
そんな仮説を立てて、細い線でのレーザー刻印を試してみました。

結果として、この線だけのレーザー刻印は、
私たちの期待していた「いいな」と思える仕上がりになったのです。
主張しすぎることなく、でもロープの線は
しっかりと真鍮の表面に見えていて、
真鍮が持つ独特の質感や温かい雰囲気を損なうこともありませんでした。

この細い線でのレーザー刻印なら、
私たちがデザインに込めた思いを表現できるかもしれない。
そう感じ、一旦はこの方法で進めよう、という流れになりました。


▷真鍮の表面仕上げで表現を深める

レーザー刻印である程度の線の表現ができることが分かり、
次は真鍮自体の表面にどのような仕上げを施すか、
という検討に入りました。
真鍮は、研磨によって光沢を出したり、
ハンマーで叩いて一つ一つ表情の異なる凹凸(槌目加工)をつけたりと、
表面の仕上げ方によって全く異なる表情を見せる素材です。
この特性を活かし、デザインに深みを持たせたいと考えました。

ロープの線で、しおりの上下が分かれるようなデザインなので、
その線を境に、上半分と下半分で質感を変えてみるのも
面白いのではないか、というアイデアが出ました。
そこで実際に試してみたのが、上半分はハンマーで叩いて
温かみのある槌目加工を施し、下半分はリューターやヤスリを使って、
少し異なる表情のテクスチャをつける、という仕上げ方です。
これにより、視覚的にも触覚的にも豊かな変化が生まれ、
より奥行きのあるデザインになるはずでした。


▷「時間」という視点が問いかけたもの

表面仕上げとレーザー刻印の組み合わせで、
ロープのデザインを形にできる見込みが見えてきたとき、
私たちは一つ、非常に重要な問いに直面しました。
それは、「時間」という視点です。

真鍮という素材の最大の魅力は、
なんといってもその「経年変化」です。
使い込むほどに表面が酸化し、光沢が落ち着いて深い色合いへと
変化していく様は、まさに家族と共に歩んだ時間の証であり、
そのアイテムを唯一無二の存在へと育ててくれます。
私たちはこの「時間をかけて美しくなる」という点に強く惹かれ、
今回の素材に真鍮を選びました。

でも、ここで立ち止まって考えました。
レーザー刻印は、厳密には素材を彫っているのではなく、
先ほど説明したように、マーキング材を熱で表面に定着させる、
いわば「プリント」に近い状態。
このプリントされた線が、真鍮が年月を経て変化していく中で、
どうなるだろうか?真鍮が味わいを増していく一方で、
プリントされた線が時間とともに薄くなったり、掠れたりしていったら、
それは「味わい」として見えるだろうか?
それとも、単なる「劣化」に見えてしまうのではないだろうか?

そして何よりも、私たちがこのしおりのデザインに込めたのは、
家族の絆」というコンセプトです。

その家族の絆を象徴する大切なデザインが、
年月を経て薄れていったり、かすれていったりする姿を見て、
このしおりを使ってくださるお客様は、一体どう感じるだろうか?
家族の絆が時間の経過とともに薄れてしまうかのようなイメージを
与えてしまうのではないか?

この問いを突き詰めて考えたとき、私たちは、
たとえ技術的に可能であっても、このレーザー加工機による刻印は、
今回の商品では使わないでおこう、という決断に至りました。
線の見せ方、素材の活かし方、真鍮の魅力、
そして何よりも時間が経った時に、
お客様がそのしおりを見て何を思うのか。
その全ての点において、心から納得できる表現方法を探したい、
という思いが強くなったのです。


▷表面加工のみでデザインを表現する

では、レーザー刻印を使わないとなると、
どうやってロープの線を真鍮の表面に表現するのか?
私たちは再び考え、そして辿り着いたのは、非常にシンプルでありながら、
真鍮という素材の特性を最大限に活かす方法でした。
それは、線そのものを物理的に刻印するのではなく、
先ほど検討していた「表面の加工」だけで、
ロープの線という「違い」を表現する、という方法です。

具体的には、ロープの線を境界線として、
その上と下で真鍮の表面に施す加工の種類を変えるのです。
例えば、片側はヤスリで丁寧に磨いて光沢を出し、
もう片側はハンマーで槌目加工を施す。
あるいは、両面とも土目加工にしつつ、
片側はさらにヤスリをかけて部分的に光沢を出す、など。
ヤスリをかけるかかけないか、槌目加工をするかしないか、
といった表面のテクスチャ(質感)の違いだけで、
ロープの線というデザインを見せることにしたのです。この方法であれば、レーザー刻印のように

プリントが劣化する心配はありません。
真鍮そのものが年月を経て味わいを増していく中で、
表面加工による質感の違いは失われることなく、むしろ深みを増していく。
それは、まさに私たちが目指す「経年美化」であり、
家族の絆が時間と共に強くなっていくことにも繋がります。


技術的な壁にぶつかり、デザインの方向性を見失いかけ、
それでも立ち止まって考え、譲れない思いを大切にしたからこそ、
この真鍮という素材と、私たちが込めた家族への思いにふさわしい
表現方法に辿り着けたと感じています。

この「真鍮のしおり」が、皆さまの読書時間やご家族との時間を、少しでも豊かに彩る存在になれることを心から願っています。