hatto

2025/06/09 14:50

前回は、真鍮という新しい素材の加工、
特にレーザー加工でイメージ通りの風合いが出せず、
さらに手作業での加工も商品としての品質を一定に保つのが難しい、
という技術的な壁にぶつかり、
私たちは開発が完全に停滞してしまった状況をお話ししました。


▷困難の中で見えた、譲れない軸と再検討の視点

八方塞がりの状況で一旦開発から離れた後、
私たちは改めて、この「真鍮のしおり」で何を実現したいのか、
何がどうしても譲れない軸なのかを整理しました。
その結果、改めて確認できたのは以下の3つの点でした。

まず家族で使ってもらうものだから、
「2枚以上のセットにする」ということ。
これは、単なる複数枚セットというだけでなく、
家族それぞれが自分自身のしおりを持ち、
それが集まることで家族全体の繋がりを感じられるようにしたい、
というコンセプトの根幹に関わる部分です。

次に、「家族の繋がりを感じられるデザインにする」
ということ。
具体的な表現方法は再検討が必要ですが、
アイテムを通して家族の温もりや絆を感じてほしい
という思いは変わりません。

そして、最後に「真鍮という素材を使う」ということ。
経年美化によって家族と共に歴史を刻み、
長く愛用される素材である真鍮の魅力は、
今回のしおりのコンセプトにとって不可欠だと感じていました。

この3つの点は、商品化するための譲れない条件となりました。

反対に、見直そうとなった点もいくつかあります。
一つは、具体的な「デザインのモチーフ」です。

前回、波と地層に絞り込みましたが、
技術的な問題で行き詰まってしまった以上、
一度これらのモチーフに囚われず、
別の表現方法を探る必要が出てきました。

もう一つは、「加工方法」です。
レーザー加工による刻印を前提として
デザインを考えていましたが、
真鍮との相性や風合いの問題から、
レーザーありき、という考え方を手放し、
真鍮という素材を最大限に活かせる、
最適な加工方法からデザインを考える、
という視点に切り替えることにしました。


▷閉塞感を打ち破った、夫からの「ロープ」というアイデア

そんな行き詰まりの中で、デザイン担当である夫から、
それまでの波や地層といった自然物モチーフとは全く異なる、
思いがけない新しいアイデアが飛び出しました。

それは、「ロープを使ったらどうか」という提案でした。

一瞬、「ロープ?」と戸惑いましたが、
夫の提案は、ロープそのものの模様をデザインに入れる
ということではありませんでした。
そうではなく、「ロープを、意図せずテーブルの上に
パッと投げた時に、偶然できるロープの形、その偶発的な形状を
そのままデザインとして映し取ったらどうだろうか」という、
とてもおもしろいアイデアでした。

その提案を聞いた瞬間に、
私は「それ、すごく良い!」と直感的に思いました。
なぜ良いと感じたのか、
その理由は後から言葉にすることができたのですが、
その時はただただ、このアイデアが持つ可能性に
ワクワクしたのを覚えています。


▷ロープが象徴する「家族のカタチ」

なぜロープのアイデアが、
これほどまでに私たちの心を掴んだのか。

ロープは、一本の繊維が集まってできており、
しなやかで自由な形をとることができます。
でも、それを結び合わせることで、強い「繋がり」を生み出します。
解けてしまっても、また結び直すことができる。
強く結べば、たとえ重いものでも支え、
困難を乗り越える力となります。

このロープの特性が、まさに家族の関係性に似ていると感じました。
家族の関係も、いつも順調な一本道ではありません。
時には思いがけない方向へ進んでしまったり、
意見が絡まってしまったりと、予測できないことや、
自分の思い通りにコントロールできないことがたくさんあります。
それでも、確かに心のどこかで繋がっていて、
互いを支え合いながら、それぞれのペースで
一緒に人生という道を歩んでいく。
そして、その一つとして同じではない、
予測不可能で不完全な繋がりこそが、
その家族だけのユニークで愛おしい「らしさ」に
なるのではないでしょうか。

さらに、投げられたロープの形は、完全に偶然に左右されます。
計算されたものではなく、パッと投げた瞬間の重力や摩擦、
ロープのしなやかさによって、まっすぐではなく曲がったり、
ねじれたり、時には重なったりと、思い通りにならない形が生まれます。

でも、その思い通りにならない形こそが、
作為がなく、とても自然で美しい。
私たちはこの「予測できない偶然性」の中にこそ、
デザインの力では生み出せない、その瞬間だけの、
唯一無二の価値があるのではないかと感じました。

そして、この「予測できないものの中に生まれる何か」という感覚が、
まさに家族という存在のイメージと驚くほどぴったり重なったのです。
その一瞬の、偶然のカタチを切り取ってしおりのデザインにする。
それは、家族のかけがえのない「今」という一瞬を
形にする試みのように思えました。


▷偶然を形にするプロセス

ロープのアイデアに二人とも納得し、
早速これをデザインとして採用してみよう、ということになりました。
そこからの私たちの行動は早かったですね。
様々な太さや素材のロープを何種類も購入してきては、
テーブルの上に何度も、何十回もパッと投げてみました。
そして、その度に、偶然できたロープの形を写真に収めました。
最初は数十枚だった写真も、気づけば100枚を超えていたと思います。

その膨大な写真の中から、しおりというアイテムの形状に合ったもの、
そして私たちが感じたロープと家族のイメージに一番しっくりくる形を、
二人でじっくりと選び抜きました。
選んだ写真は、まるで家族の絆が描いたアートのようでした。

最終的に選ばれた一枚の写真をトレースし、
それを真鍮のしおりのデザインの一部として採用することにしたのです。
というわけで、今回の真鍮のしおりには、
計算されたデザインではなく、偶然投げられたロープの一瞬の、
予測できないけれども確かな「繋がり」の形が
使われることになりました。

困難な状況の中で生まれたロープのアイデアは、
技術的な壁を乗り越える光となっただけでなく、
私たちがこのしおりに込めた「家族の絆」というコンセプトを、
より深く、より豊かな形で表現するための鍵となりました。

次回は、このロープの形を真鍮という素材で、
具体的にどのように表現していくのか、
モノづくりの技術的な側面に焦点を当てて、
もう少し詳しくお話ししたいと思います。
偶然の形を、永く愛される真鍮のしおりとしてどう実現するのか。

今日も最後までお読みいただき、本当にありがとうございました。