2025/05/16 13:34
立ち止まって見えた、素材からのアプローチ
意見が平行線になってしまったので、
一度立ち止まって、
別の角度から考えてみることにしました。
デザインや機能ではなく、
そもそも「どんな素材でしおりを作るか」
というところから考え直してみよう、
ということになったのです。
アイテムの素材は、そのデザインや機能性、
そして何よりもアイテムから受け取る印象や、
長く使っていく上での愛着の湧き方に
大きく影響します。
この素材選びこそが、
商品の核を定める重要なプロセスだと考えました。
素材の候補として挙がったのは、主に3つでした。
一つ目は「紙」。
これは、しおりとしてとても一般的で、
扱いやすい素材です。
いろんな色や質感の紙があり、印刷はもちろん、
お客さま自身にメッセージやイラストを
書き込んでいただくこともできる。
加工の自由度が高いのが魅力。
デザインの可能性も広がります。
二つ目は「木材」。
これまでにも木材を使った商品を
扱ってきた私たちにとっては、
加工に慣れているというアドバンテージがあります。
レーザー加工機があるので、
自由に形をカットしたり、
表面に文字や模様を刻印することも可能。
木が持つ自然な温かさや手触りも、
私たちのブランドのイメージに合っていると感じました。
そして三つ目が「真鍮」です。
真鍮を商品として本格的に扱った経験はありません。
でも、私自身が真鍮という素材が大好きで、
アクセサリーなどでその独特の風合いに触れてきました。
紙や木にはない、ひんやりとした質感や、
金属ならではのスタイリッシュさ、
そして何よりも
年月を経るごとに表情を変えていく様子に、
強い魅力を感じていました。
「経年美化」と「使いやすさ」の絶妙なバランス
この3つの候補の中から、
最終的に真鍮を選んだのには、
明確な理由と基準がありました。
その基準は2つ。
まず1つ目の基準は、
「経年変化する素材であること」でした。
家族という存在は、親も子どもも、
そして家族を取り巻く暮らし方も、
時とともに変化していきます。
子どもは成長し、親も年を重ね、
家族の形や関わり方も変わっていく。
そんな家族の時間の流れと並行して、
アイテムそのものも一緒に年を重ね、
変化していく素材が良いと考えました。
しかも、単に古くなるのではなく、
その変化が味わいになって、
風合いが増して、それがまた
個性となっていくような素材です。
私はよく「経年美化」という言葉を使うのですが、
まさに年を重ねるごとに美しさを増していくような、
そんな素材に惹かれました。
真鍮は、使い込むほどに酸化が進み、
光沢が抑えられて鈍い色合いへと変化していきます。
時には緑青(ろくしょう)と呼ばれる
青緑色の錆が出ることもあり、
それも独特の表情になります。
この変化の仕方が、
家族と共に歩む時間の証のように感じられました。
2つ目の基準は、
「耐久性と使いやすさのバランスが取れていること」です。
経年変化を楽しむためには、当然、
長く使い続けられるだけの耐久性が必要です。
そう考えると、しおりとして日常的に本の間に
挟んだり取り出したりする使い方では、
紙という素材は少し厳しいなと考えました。
木材なら、ある程度の耐久性はありますが、
しおりとして本の薄い紙の間に挟むことを考えると、
強さを確保するためには
ある程度の厚みが必要になります。
でも、あまりに厚みのあるしおりは、
本が膨らんでしまったり、
ページをめくりにくくなったりと、
しおりとしての使いやすさを損なってしまいます。
使いにくいものは、
結局使われなくなってしまいます。
しおりにとって、
耐久性はもちろん重要ですが、
本の間にすっと馴染む薄さや、
スムーズに扱える使いやすさも、
同様に、もしかしたらそれ以上重要かもしれません。
このような点を考えたとき、
薄く加工しても適度な強度があって、
重すぎず軽すぎず、
本の間に挟んでも邪魔になりにくい、
耐久性と使いやすさの
絶妙なバランスを持っているのが、真鍮でした。
素材が決まれば、デザインの方向性が見えてくる
こうして素材が真鍮に決まると、
不思議なことに、
その後のデザインの方向性も
自然と定まってきたような感覚がありました。
素材によって
得意な加工と苦手な加工があるのはもちろんですが、
それ以上に、その素材が持つ雰囲気や特性が
「どんなデザインがふさわしいか」という方向を
示してくれるように感じられるのです。
例えば、真鍮で複雑な形状にカットしたり、
繊細すぎる加工を施したりすることは、
私たちの今の技術では現実的に難しい。
でも、その制約があるからこそ、
真鍮の素材そのものの美しさや質感を最大限に活かす、
シンプルで洗練されたデザインへと
自然と意識が向かいました。
素材に逆らうのではなく、
素材の声を聞くようなイメージでしょうか。
具体的なデザインの方向性としてまず固まったのは、
しおりを「2枚以上のセット」で販売しよう、
ということです。
「家族で使う」というコンセプトを形にするために、
最低2枚から、そして家族が増えたり、
プレゼントにしたりと、
必要に応じて買い足しができるような
体制を目指しています。
そして、もう一つ重要な方向性が決まりました。
それは、「デザインで家族のつながりを表現する」ということです。
前回のアイデア出しで出た
「並べると完成するしおり」の要素を
取り入れることになりました。
例えば、セットになっている数枚のしおりを横に並べると、
一つのイラストや模様が完成するようなデザインです。
個々のしおりは独立して使えますが、
家族それぞれのしおりが集まることで
一つの絵が完成する。
これは、家族が集まった時に、視覚的に
「ああ、私たち家族のしおりだ」と感じられるような、
温かい仕掛けになるのではないかと考えました。
これは、夫の「仕掛けたい」という思いと、
私の「シンプルに」という思いが、
素材というフィルターを通して
一つになったアイデアだったのかもしれません。
ここまで、素材選びからデザインの方向性が定まるまで、
およそ1ヶ月ほどの時間がかかりました。
一つの商品の素材を決めるだけでも、
これだけ考え、悩み、話し合う時間が必要です。
でも、この丁寧なプロセスこそが、
私たちが心から納得でき、
自信を持ってお届けできる商品を生み出すためには
不可欠だと信じています。
素材が真鍮に決まったことで、
私たちの新商品「真鍮のしおり」の
輪郭が少しずつ見えてきました。
この真鍮という素材が、
これからどんな風にデザインとして
形になっていくのか、
そしてどのように皆さまの読書時間や
家族の絆に寄り添っていくのか。
私たち自身も、その完成がとても楽しみです。